川にサクラ、沖にホタルと宝石と
富山城址のすぐ横を流れる松川は、川沿いに470本余りのソメイヨシノが2キロ余りの並木道をつくる桜の名所である。春爛漫な桜並木を知る人にとって、松川の名前の由来が松並木にあると聞くと、不思議な感じに思われるかもしれない。
松川と名づけられたのは、神通川の大規模な改修工事が行われた明治34年以降のこと。現在の松川は、かつて富山市街地で大きく蛇行していた神通川を、直線的に工事した名残である。この改修工事によって現れた川は、周辺の松並木にちなんで松川と名づけられたというわけだ。かつての松川は桜並木こそなかったが、春が近づくと現れるサクラがあった。産卵のために川を溯上する「サクラマス」である。富山名産として知られるますの寿しに、この「サクラマス」が使われているということは、多くの人が知るところである。
ますの寿しのルーツは、江戸時代に富山城下でつくられたアユ寿しにあったとされる。今を遡ること約300年前の享保年間、富山三代藩主前田利興が、時の将軍徳川吉宗公に献上したところ絶賛をいただき、富山の献上品として知られるようになった。これを神通川に架かる舟橋のたもとの茶屋が販売して名物となり、明治時代になるとアユに替わって「サクラマス」が使われるようになったといわれる。かつての舟橋南詰付近にあたるのが、現在の松川が流れる七軒町付近。この周辺では今も多くのます寿し店が暖簾を守り、伝統の味と技を受け継いでいる。
春には川だけでなく、沖でもサクラ色の収穫がある。神通川の河口から沖へ向う海底は、水深が300m前後まで急激に落ち込み、「あいがめ」と呼ばれる険しい海底谷が続く。ここに棲んでいるのが、シロエビである。白い身を剥いた刺身は、甘くもっちりとした食感があり、また野菜と一緒に殻ごと揚げた「かきあげ」は、地元で昔から親しまれる郷土料理だ。漁獲されてから時間が経つと乳白色に変わることからシロエビと呼ばれるが、もとは少しピンクがかった透明色。水揚げ直後に太陽光を反射して宝石のように輝くことから、富山湾の宝石と称される。漁期は毎年4月1日から11月30日まで。専門の漁が行われているのは、世界中を見渡しても富山湾だけだ。
富山の春を象徴する、もうひとつの産物がホタルイカだ。富山市水橋から魚津市にかけての海岸沿い約15q、沖合約1.3qの海域は、春にホタルイカの群れが押し寄せることから「ホタルイカ群遊海面」として国の特別天然記念物に指定されている。水揚げされる際に発する青白い光は、海底から光の束がわき上がってくるような神秘的な光景をつくりだし、その様子をひと目見ようと全国から多くの観光客が押し寄せる。漁期は3月中旬から6月上旬まで。最盛期は刺身で食べることができるが、釜揚げ、佃煮、黒作り、くん製などが一般的だ。
富山の春は、シロエビやホタルイカが季節の訪れを告げる。そんな沖からの便りを携えて、かつてはサクラマスが川を力強く溯上し、街の人々に春の到来を告げた。県内のどこよりも早く咲き誇る松川沿いの桜並木は、そんなサクラマスの化身かもしれない。
参考文献、HP
富山なぞ食探検(読売新聞富山支局編/桂書房)
富山ます寿し協同組合HP(http://www.toyama-masuzushi.or.jp/)
観光とやまねっと(http://www.toyamashi-kankoukyoukai.jp/)
水の王国とやま(http://www.pref.toyama.jp/sections/1711/mizu/index.html)